はじめに


お立ち寄りありがとうございます。

ここは、
おもに90年代-00年代のアニメの感想を、
ネタばれ込みで書いているブログです。

昔のアニメをたまに見返すようになったので、
感想をメモしておくためにつくりました。

好きなアニメの話を書きます。

ネタばれの記事しかありませんので、
未見のアニメタイトルの記事は
ご覧にならずに、
まずは、アニメ作品そのものを
お楽しみいただくことをおすすめします。



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千年女優(2)鍵の君



それにしても、鍵の君は罪な男だ。
千代子に果たせるかわからない約束を
していくあたりがロマンチストだし、
「14日目の月には明日がある」
という台詞まで美しい。

本人が気づかないような場所に
絵と言葉を残していくなんて、
千代子が気づいたら
ますます忘れられなくなるというもの。

千代子は、少女雑誌を読んで
素敵な男性を夢想していたような子で、
初恋の彼にここまでされては、
彼女の内面で彼の存在が
絶対的なものになるのも無理はない。


しかし、千代子の記憶のなかの彼は、
顔さえ曖昧で、
終いには思い出せなくなっていく。

映画の登場人物として現れる彼は、
決まって赤いマフラーを巻いていた。
これは、千代子が思い出すときにつけた、
彼の目印だったのだろうと思う。

実際の彼は、
千代子のマフラーを持って行ってはいないし、
彼が去った日も、
千代子は自分の赤いマフラーを巻いていた。


鍵の君に、答えがわからないふりをしたり
(彼は千代子がわかっていることに
気づいていたと思うが)
彼に会いたくてちゃっかり女優になったり、
少女の頃は
意外と計算高いところもあった千代子。
それこそ恋を楽しんでいるような状態だったが、
これほど鍵の君に夢中になるとは
本人も思っていなかっただろう。
長い間心に棲まわせたせいで、
単なる初恋ではなくなってしまった。
それもこれも、残された鍵のせいだ。


ところで、彼の鍵は、
逃げる途中に急いでいて落としたように見えるのだが、
私には最初、
彼がわざと置いていったように見えてしまった。

なぜなら、手当てに使われた包帯が、
千代子への目印に思えたから。
わかりにくい場所に落ちていたから、
あの包帯がなければ、
千代子も鍵に気づかなかったのではないだろうか。

かと言って、
見つけてもらえる可能性は高くはないし、
これは私の妄想だ。


彼のほうは千代子に対して、
恋心まであったかどうかははっきりしない。

千代子の絵を描いたり、
わざわざ手紙を残したことからも、
千代子に対して恩を感じていたことはよくわかる。
感銘を受けたのだろう。

千代子の絵と共に残された
「いつかきっと」という言葉や、
手紙の文面からも、
大切な故郷の景色を見せたかったことが窺える。

そうした思いが強ければ、あえて鍵を残し、
再会の意味を込めたとも考えられる。


あの鍵は、道具箱を開閉するために
付けていた鍵だと思われるので、
道具箱を閉じて持って行ったのなら、
彼は絵が描けなかったはずだ。
それをわかっていたから、
千代子も鍵を返したかった。
絵が原因で思想犯扱いされたのだろうから、
どのみち平和にならなければ
描けなかったかもしれないが。

彼が絵を描けなくなることと引き換えにしてまで、
鍵を置いていったかどうか?
それを考えると、やはりあの鍵は、
たまたま落としただけと考えるのが、
自然だろうか。

彼がなによりも愛していたのは、
絵と、故郷の北海道だったと思うから。


どちらにせよ、あの鍵は、
千代子の女優人生を切りひらく鍵にもなった。
そして、千代子は、
公私共に「彼を追う私」として生き、
そういう自分の役を演じたともいえる。

鍵の君という存在は、最後まで
千代子に追いかける夢を与える存在だった。



千年女優(1)感想



久しぶりに見て、
なにもかも忘れていたので
初見のようなものだった。

10代のときに見ても
そこまでピンと来なかったような
気がするのに、
大人になってから見ると
胸に迫るものがある。

二重三重に、
千代子の思い出や映画の記憶が
重なりながら展開して忙しいが、
その構造が、最後の最後まで効いていた。

面白かった。


*



女優を引退してから30年ぶりに
インタビューを受けることにした千代子は、
立花から失くしたと思っていた鍵を渡され、
過去を語り始める。

女学生だった千代子は、
憲兵に追われる男を助けたことで、
彼の「一番大切なものを開ける鍵」を
手にすることになった。

千代子は、
その鍵が絵描きの道具箱を開ける鍵だと
気づいていたが、
明日までの宿題にしてと、
わからないふりをする。
(明日も彼に会うための口実)

しかし、憲兵から逃げる彼は、
鍵を置いて去ってしまう。

千代子がその鍵を返さなければ、
彼は未完の絵を完成させることができない。

そして、千代子が鍵を彼に返すことは、
彼との再会を意味していた。


千代子は、彼を追って満州へ行くために、
女優になる。

千代子が出演する映画
(虚構の混じったイメージ)を通して、
千代子はずっと鍵の君を探し、
追っていることが描かれる。

その間、
社長の立花とカメラマンの井田も
一緒に出てくるのが面白い。

あとでわかることだが、
立花は現実でも千代子を助けていて、
映画のイメージのなかでも、
常に千代子を助ける立場として現れる。
コワモテのおじさんだが愛嬌があって、
何回も笑わせてもらった。
(そして、とても大事なことを知る
役割も担っていた)


千代子が、憲兵だった男から
鍵の君からの手紙を受け取り、
彼のもとへと走り出すシーンは
素晴らしかった。

前半では、
千代子の思い出の一部として
振り返っていた映画のシーンが、

今度は、
映画のほうが千代子の人生へと
重なっていく。

何度も生まれ変わるように演じてきた
千代子の多くの役が、
象徴的に出てきた輪廻の意味を、
これでもかと打ち出していく。

何歳のときでも、
いつの時代のどんな役を演じているときでも、
千代子は、彼のもとへとひたすら走った。
そして、現在もひたすら突き進む。

すごい、すごいと思いながら
釘付けになった。
ストーリーのなかでも、
もっともドラマチックなシーンだったと思う。


しかし、彼は遠い絵の世界で、
手を振って去っていく。
千代子は、
どうしても彼のもとには辿り着けない。

(立花の話では、このあと
千代子は北海道で失踪している。
憲兵だった男の話を
最後まで聞いていないので、
彼を探し歩いていたのだろう)


千代子は、
映画の撮影中の事故をきっかけに
女優を引退してしまうが、
引退した理由を、
もうあの人が知ってる私じゃないからと、
立花に話す。

千代子が彼を蔵に匿ったとき、
彼は少女だった千代子の絵を
壁に描き残していた。
(おそらく、彼が描けた最後の絵でもある)

度々、千代子の前に現れ、
「そなたが憎い、愛おしい」と
呪いのような言葉をこぼしていた老婆は、
千代子の心の声だった。

鍵の君が
映画を見てくれるかもしれないという
希望を抱いていた千代子にとって、
老いて姿が変わっていくことは、
女優を辞める理由としては十分だったのだ。


関東大震災の日に生まれ、
なにかと地震に縁のある千代子だったが、
現代でも地震が起きた直後に倒れ、
病院に運ばれる。

病院のベッドでも、千代子は鍵を握っていた。
その鍵は、
彼の一番大切なものを開ける鍵だったが、
千代子にとっても、
一番大切な思い出を開ける鍵になった。

結局、千代子は鍵の君とは再会できなかった。
彼は、憲兵の拷問で亡くなっていたから。
思想犯は釈放されたはず、
という話が出た頃には、
すでにこの世にはいなかったのだろう。
こういう結末になると、
時代さえ違っていたら…と思ってしまう。


ロケットに乗り込んだ千代子は、
二度と戻ってこられない世界へと飛び立つ。
ロケットが出ていく出口は、
まるで蓮の花がひらくかのようだった。

最後に、
「あの人を追いかけてる私が好き」
と言う千代子に、
彼女はそれで満足だったのだと、
涙がどっと溢れた。



*


MEMORIESの
「彼女の想いで」でもそうだったが、
現実と虚構を同時に描くのは
今さんの特徴だったのだろうか。
(原作は大友さんだが)
「パプリカ」は見ていないのだけれど、
あらすじを読むと、
そちらも現実と虚構が混じる話のようだ。


それと、蓮があまりにも
強調されているようで気になった。
蓮といえば仏教、
とまでしかイメージできていなかったのだが、
改めて調べてみると、
仏教では、
人はこの世で亡くなったあと、
極楽浄土へ行くと、
蓮の花の上に生まれるのだそうだ。
千代子のロケットのシーンは、
まさにそのメタファーだった。


個人的に、空を使う演出が好きで、
千代子が鍵の君に最初に惹かれたであろうシーンで、
空の色が温かみのある色に
変わったところも好きだ。
鍵の君がどんな顔だったのかは、
観客には明かしてもらえなかったが。


浮世絵のような背景や、
月面が雪原に見立てられたりといった
絵としての面白さもあり、
ファッションや車、建物も、
大正~昭和にかけて見られて楽しかった。


→千年女優(2)につづく。


MEMORIES



大友克洋監修のオムニバス映画。

三作とも毛色が違って面白い。

見たほうがいいよと
人から勧められて知った記憶がある。



○彼女の想いで

思い出が美しいほどに、
おそろしさも感じる作品。

救難信号が発せられて駆けつけた
デブリ掃除の二人が、
コンピュータホログラムの
彼女の思い出に翻弄される。

他人を自分の思い出のなかに
取り込もうとするだけでなく、
ハインツの思い出にまで侵入し、
現実感を失わせようとする。

エヴァは、
好きな男性を殺してまで
美しい思い出のなかに
閉じ込めておきたいと思うくらいの
女性だから、
執念とコンピュータが融合してしまうと
止められない感じ。

娘を亡くしているハインツの、
思い出は逃げ込む場所じゃない
という台詞は説得力がある。

しかし、
ミゲルは彼女に取り込まれたままで、
思い出というより、
幽霊の世界に入り込んでしまうような
話だった。


(個人的に、
宇宙船にいる登場人物から
磯部勉さんの声が聞こえてくると、
ハン・ソロを思い出してしまう。笑)



○最臭兵器

この作品は好きで何回も見たので、
ちょこちょこと憶えていた。

今見ると、
一作目との温度差がすごくある。笑。

一作目の余韻に浸る間もなく、
山梨の歌でパニックコメディーの世界へ。


なにも知らないで見れば、
始めは会社の面々が倒れていて
不可解な事件でも起きたのかと思うのだが、
事情を知っていると、
始めから面白すぎる展開。笑。

主人公だけ起きている事態を知らず
(しかも誰も教えてあげない)、
バタバタと人や動物が倒れていく。
そして、なぜか花が咲く。笑。

トンネルを抜けると、
無数の戦闘ヘリが待ち構えていて、
ミサイル攻撃VSそば屋バイクの一般人
の構図になるところで、毎回爆笑する。

戦車も戦闘機も
あらゆる戦闘兵器が投入されているのに、
そこを乗り切る
信男のメンタルと体力も只者ではない。笑。
(信男ってなんだかのんきだし)

安心しきっているところに
あのオチは笑える。

楽しい作品だ。



○大砲の街

すべて1カットで構成されている作品。

好みが分かれそうだけれど、
アニメーションとしては遊び心がある。

素人ながら、
こういう繋ぎ方があるんだな、
と思いながら見ていた。



ファンタジックチルドレン(7)賛否両論?



FCを見てから
一ヶ月は経っているのに
余韻がなかなか抜けなかった。


そんなわけで、
感想行脚をしていたのだが、
ラストについては
意外と賛否両論だったので驚いた。


青年(ソラン)とヘルガが
出会うところが
蛇足だとか、
トーマが可哀想だとか。

言われてみればそうかもな、
とは思うものの、
私はそこまで違和感は
感じていなかった。
昔一度見ていて、
ラストをちょっと
憶えていたせいもあるが。



ほかの人は
違和感を覚えたところを、
私はなぜ
受け入れていたのだろうかと
考えてみた。


まず、トーマが可哀想という点は、
前半での描写で
私自身が満足していた分、
感じなかったのだろうと思う。

トーマは、
学校には通っていないので
友達はいないが、
家庭に恵まれ、性格もよく、
元気いっぱいに育っている男の子。
そうした描写が存分にされていた。

そのおかげで、トーマは
満ち足りた生活を
送っていることが伝わった。

トーマが前世での大きな傷を
思い出したとはいえ、
それはやはり過去で、
現在のトーマには現在の人生があり、
未来があり、
トーマにはトーマの恋愛が
あっていい。

そう思えたから、
トーマとヘルガが結ばれなくても、
全然構わなかった。

セスが犯したことと、
ティナとソランの境遇を
理解した上で、
トーマから
「ソランは必ず来る」
と聞けたときには、
しびれるくらい
かっこいいと思った。

しかし、
私もトーマが可哀想だと
思わなかったわけではない。
結末には満足しているが、
11歳の子に
あの過去を思い出させるのは
酷だよな、とは思っていた。笑。



そして、
ソランの生まれ変わりと
思しき青年と、
ヘルガが出会う
ラストについて。

物語の結末としては、
きれいだったと思う。

それに、
ティナとソランが出会ってこそ、
セスが報われるのだと
感じていた。

セスは、
ティナとソランに対し、
500年も謝りつづけていた。
そのセスが、
罪の意識から解放されるには
どうしたらいいのか。
それは、
ティナとソランが
幸せになることでは
ないだろうか。

あの結末は、
ティナとソランのためでもあり、
セスのためでもあったと思う。




とはいえ、
自分が大感動した場面でも、
納得いかん、と思っていた人も
いるのだと知ると、
複雑だ。笑。
好きなキャラクターや
見た人の見方によって、
感想が違うのは当然なのだけれど。

こうした作品であれば尚更、
作り手側がいい加減に作っているとは
思えないので、
どういうふうに見せたかったのか、
なにを描きたかったのか等を
理解したいと思って見ているが、
私も、基本的には
自分の見たいようにしか見ていない。


チットが誰の生まれ変わりかと
予想していた人もいたようで、
私はそこまでは考えなかったので、
面白いなと思った。

チットは、
おそらくトーマのミスリードには
一役買っていたのだと思う。
予め、“ヘルガと二人の男の子”
という構図を見せることには、
意味があった。



総評としては、
気になるところがあるという人でも
見てよかった、
面白かった、
という意見をよく見かけた。

放送当時、深夜だったこともあり
知名度が低いかもしれないが、
これからも愛されていってほしい
作品の一つだ。